「神と増田喜十郎」絲山秋子

本作品は「新潮」2013(平成25)年三月号に掲載とある。

10巻のラストだったこともあるが、印象深い。女装趣味の増田喜十郎の描写がいい。独身で老いた両親をみとり、淡々と生きる姿が清々しい。

高校の同級生大塚貴史が故郷の市長になり、増田はその手伝いをするようになる。貴史が呆気なく亡くなったあとも増田はその妻の田鶴子さんの運転手を続けていた。貴史の七回忌の法要の帰り、「ねえマスダ、今度女同士で遊びに行きましょうよ」と温泉旅行に誘われる。女装趣味を見抜かれた増田はぎょっとする。お婆さん同士、ふたりのなんということもない温泉旅行が何とも味わい深い。旅行のあと、こんなことは最初で最後だろうと増田は思う。

貴史に一度だけ求められ、増田は「ぼくは他人に影響を与えたくない」と自分の意見を言ったことがあった。とにかくあらがわず、すべてを受け入れ淡々と生きる増田の姿に力強さを感じる。

合間に神が出てくる。人々を観察し、嘆いたりするだけでとくに何をするわけでもない。どうしてわざわざなんのために神が登場するのか。

神は苦しんでいるひととともにある。しかし誰も助けない。誰も救わない。

絲山秋子は2006(平成18)年「沖で待つ」で芥川賞を受賞。【芥川賞ぜんぶ読む】によると、友達でも家族でもない親しい同僚の関係を描いた作品で、読んでいると、心が豊かになってくるだろうとある。

特別派手なできごとや展開がなくても、心にしみる作品が書ける才能豊かな作家である。

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